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八代将軍徳川吉宗のことは皆様よくご存じのことと存じます。
教科書では享保の改革を行った名将軍とされておりますが、彼こそが質素倹約の衣を借りデフレ政策を採用し元禄時代から続く江戸の文化を崩壊させた張本人ではないかと私は思っています。
それはちょうどバブル崩壊を誘発した三重野日銀総裁、橋本総理と同様にご本人の意思とは裏腹に多くの人々に不幸を与え、誰にも幸せを与えず、同時にそれまでに積み上げた文化を枯渇させたのと同じように…。
皆さんご存じですか? 吉宗と同時代の殿様で尾張藩主の徳川宗春という人がいました。宗春は吉宗と対照的で贅沢好き。この方は吉宗とは正反対の経済政策を打って当時の多くの規制を緩和、遊興や祭りを奨励し、ひたすら消費の拡大をはかりました。そして消費経済を促進、規制緩和をして民間活力を刺激する政策をとりました。「倹約ばかりで民衆を苦しめても何にもならない」「下手に規制を増やせば、違反者を増やすだけ」と公言してはばかりませんでした。そうした言動や実際に地元で禁止されていた派手やかな行事を行ったりして将軍吉宗に目の敵にされ、本来切腹もののところを痩せても枯れても徳川御三家のお殿様ということで最後は蟄居に封ぜられたのですが、時代劇では派手好きで軽薄な殿様と描かれるこの宗春が私はどうにも憎めないのであります。
せっかくの日本の歴史上のことですから、今の日本はここに学ぶことがあるのではないかと思っています。質素倹約令等々、儒教的には正しい生活態度ではあってもそれは結果としてはデフレ政策以外の何物でもなく、享保年間以降日本全体が急速に沈滞化していくのです。そういう中で宗春の尾張だけは元気だったにもかかわらず、宗春の蟄居後は日本全体が陰鬱な江戸時代に突入していくのです。
そうそう今も名古屋尾張は元気そのものではないですか?
宗春の心意気がまだ残っているのでしょうか? だとしたら大したものです。
引用:がんばれ凡人!
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さて、ここで私がお話しした宗春の打った政策とバブルの関係について注意深く皆様にお話しなくてはなりません。世間ではバブルはいけない!悪だ!ということになっていますが、バブル自体は悪者ではありません。泡が膨らめばいつかは泡はじけるわけですが、そのはじけることが人々を不幸にします。バブルそのものと、はじけることの罪悪を明確に区別すべきだと考えます。
3000年に及ぶ人類の歴史を振り返った場合、経済が穏やかに成長し、人々が穏やかに豊かになった歴史を私は知りません。経済発展と一国の繁栄は必ずバブルによって短期間に達成されています。
古くはペロポネソス戦争の後のアテネ、アレサンダー王が作ったアレキサンドリア、日本では安土桃山、元禄の時代、或いは17世紀のスペイン、オランダ、そして英国、20世紀初頭のマンハッタン文化のアメリカ、近くは日本の戦後の高度成長期もそれにあたります。問題はいったん大きくなった経済、即ちバブルをいかに長期化させてはじけさせずに軟着陸させるか、あるいはそれを永続させるかにかかっています。この期間に文化が発展し定着するように思います。いや、こういう経済繁栄の裏付けなくして文化は存在し得ないのです。
日本でもバブルの置きみやげとして生活や文化が意識の上で豊かになったということは否めない事実です。今でも消費を牽引しているのは子どもへ投資するバブル世代の親たちです。私自身もバブル入社組、景気が良くあちこち海外へ行け、たくさんのものを見聞きすることができた、これは今もって私の血肉となっています。
問題は「豊かさ」そのものを諸悪の根元!と血迷ってバブルつぶしにやっきになって一挙に破裂させてしまったことです。吉宗と変わらないわけです。宗春に、歴史に学べば良かったのに… |
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こうしてバブル崩壊時の日本は自分の手で、豊かになりつつあった社会を経済政策の限りを尽くして崖っぷちから地獄の底に突き落としてしまったのです。その後は皆様もご承知の通りのかれこれ15年になりましたが、今だにもとの低い水準にさえ戻ることができていません。
一方太平洋の向こうの国アメリカでは日本より遅れてバブルが発生、1994年頃ですね。
グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)の議長(日本で言えば日銀総裁)は経済政策手法の総力をあげてバブルがはじけないよう努力しました。もちろんこのITバブルも泡である限りはじける運命にありましたが日本と違い可能な限りはじける時間を稼いだお陰で積年の財政赤字を解消し現在のゆるぎない世界的な地位を築いていることはご承知の通りです。バブル崩壊後も軟着陸するために、あらゆる手だてを尽くし、傷を最小限にとどめる手だての手をゆるめませんでした。日本とはここが違う点です。
経済学という道具をアメリカは国民の生活を守るための道具、手段として使用しました。日本では「繁栄は悪」としてまるで自滅するための凶器、或いは切腹する為の小刀として経済学を使ってしまいました。日米どちらにも同じくらい優秀な人材がいて一生懸命優秀な頭脳を使って経済政策を講じたことはなんら変わりがなかったはずなのに…
「誰のために、何のために、何を最優先に」。それは「国民の幸せな生活の為に」。この明確な目的意識を持っていたのかいなかったのか、それにより被る利益と被害が日米でこんなに差が開くとは誠に残念なことです。
好調なアメリカを見るたびにため息が出るのは私だけでしょうか?
くれぐれ私をインフレ期待論者だとか、バブル再来期待論者等という短絡的な判断をしないで下さい。バブルは必ずはじけるから悪です、これは明白に悪なのです、経済の病気なのですから。私が主張しているのは不幸にして一旦病気になってしまった時の患者の立場に立った治療の仕方の選択を論じているのです。「病気は治しました、でも患者は死にました」では、なんのための医者なのかということを申し上げているのです。 |
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私は経済学者でもなんでもありませんから個別の対策でどう講じるかのテクニックはわかりません。ただ、言えることは経済学者を何のために、どう使うのかは、使う人の明確な目的意識次第で出る結果が大きく違ってしまうということです。
日本の政治家やお役人には、経済学を市民(人々)の幸せな生活を作り、維持し、保証するための道具として使うという、当り前の発想が無さ過ぎたと思います。いつまで「士農工商」なのでしょうか?
国家経済を建て直すことさえ出来れば、市民の生活のことについてなどは無頓着というのが実情だったのではないでしょうか?最近聞かれる増税論もこの類いに私には聞こえます。
同じ財政再建をするなら、私は吉宗型よりも宗春型で解決していきたいと考えています。
具体的方策については私には知識も経験もないので語る資格がございません。先ほどのグリーンスパン氏はまもなく退職されるので、是非日本に経済政策のアドバイザー或いは企画官として招聘しても良いのではないかと結構本気で考えています。彼の18年の足跡を見たとき彼には「国家」より前に、常に「市民の生活」が念頭にあったように思えてなりません。
年俸1000万ドルもお支払したら、私達のために来て下さるかしら?
私は経済政策の個別対策については、素人である母親が我が子の治療の為とはいえ自らの手で手術をしようとは思わないように経済対策の個別施策やそのテクニックは語れません。ただ愛する我が子のために、時にはセカンドオピニオンを収集し、どの医者に治療を委ねることが我が子を救うことになるのかの選別眼と、時には母として医者を解任する決意と判断力を身につけておくことは大切なことと考えています。
都の経済対策についても、同様の感覚でのアプローチが必要と考えています。
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東京青年会議所主催公開討論会 第4問「経済対策」についての準備メモに加筆
2005. 6.23. 上田令子 |